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教員コラム

Vol.21  筋トレで介護予防

超高齢社会

 厚生労働省発表の平成27 年簡易生命表によると、0歳時点での平均余命である平均寿命は男性80.79歳、女性87.05歳となっています。平均寿命は今後も延び続け、西暦2060年には、男性84.19年、女性90.93年に到達すると予想されています。長寿社会の到来は喜ばしいことですが、高齢者の健康や生活に多くの課題があるのも事実です。政府統計によると、介護認定を受ける人の割合は高齢になるほど増加し、90歳以上で約70%に達します、(図1)。
 それでは、人々はどのような理由で介護が必要になるのでしょう。国民生活基礎調査によると、介護が必要になった主な原因の1位が脳血管障害(21.5%)、2位が認知症(15.3%)、3位から5位が高齢による衰弱(13.7%)、関節疾患(10.9%)、転倒・骨折(10.2%)となっています(図2)。ここで注目したいのは、3位から5位は筋肉・骨・関節といった運動器に関連している点です。これらを合わせると、1位の脳血管障害や2位の認知症を大きく超える割合となり、筋肉・骨・関節の障害が高齢者の生活の質を著しく低下させていることがわかります。さらに、介護に至る主な原因を年代別で見ると、全く異なる様子が浮かび上がってきます。前期高齢者(65~74歳)では、脳血管疾患が最も高率(約40%)です。一方、後期高齢者(75歳以上)では、脳血管疾患の割合が減少し、衰弱の割合が増加してきます(図3)。運動器に関連した「衰弱」、「関節疾患」、「転倒・骨折」が占める割合を見ると、65~69歳では15.6%にすぎませんが、90歳以上では55.6%に達します。すなわち、「運動器の状態を良好に保つことの価値は、高齢になるほど高まる」ということになります。
 現在、多くの日本人が80年以上を自身の運動器とともに生活する時代に突入しています。運動器の健康を保つキーとなるのが「運動」や「活発な身体活動」です。近年、ウォーキング・ランニングといった有酸素運動をはじめ習慣として運動を行っている人が増えており、「健康と運動」に大きな注目が集まっています。しかしその一方で、「運動しないこと」あるいは「運動ができない環境」が原因で生じる健康問題が山積しているのも事実です。より多くの人々に運動の効果を届けるために、スポーツ健康科学には極めて大きな役割が課せられています。

渡邊 裕也 助教授

渡邊 裕也 助教

図1
図1:高齢者人口と介護認定率(年齢階級別 2009年)
図2
図2:介護が必要になった主な原因(全体)
図3
図3:介護が必要になった主な原因(全体)

サルコペニア

 サルコペニアはギリシャ語で「肉」を意味する「sarx(サルコ)」と、「喪失」を意味する「penia(ぺニア)」からなる造語で、「加齢による骨格筋量の減少」として1989年Rosenbergによって提唱されました。なお、現在のサルコペニア診断では、骨格筋量の減少に加え、身体機能(歩行速度)や筋力(握力)を評価することが広く推奨されています、(図4)。
 骨格筋量の減少は30歳を過ぎたころから徐々に進行し、高齢期になって顕在化します。屍体解剖により骨格筋量の加齢変化を直接的に観察した研究では、大腿四頭筋(太ももの筋肉)のひとつである外側広筋の筋横断面積は、50歳くらいまではある程度維持されているものの、その後急激に減少することがわかっています。10~20歳代における外側広筋の筋横断面積を各年代と比較すると、50歳代では約9%の減少にすぎませんが、70歳代では約26%の減少、80歳代では約43%の減少が生じます。
 また、萎縮が進行する速度と程度は筋によって異なります。大腿四頭筋、大・中殿筋(お尻の筋肉)、大腰筋(脚の付け根の筋肉)、腹筋群、背筋群など重力に逆らって身体を支える筋群では、加齢に伴う筋の萎縮が顕著に起きることが知られています、(図5)。これらの筋は、「立つ」、「歩く」、「直立姿勢を維持する」といった日常的な活動にとって重要な役割をもっていることから、高齢期以降、人々が自立して元気に暮らしていくには、これらの筋肉の量を維持し、その機能の低下を防ぐことが求められます。
 サルコペニアが当てはまるのは高齢者ですが、骨格筋量および筋機能を十分に維持することは65歳未満の世代にとっても重要です。積極的に身体を動かすことで骨格筋の量や機能を維持、あるいは向上させることができますので、明らかな体力の低下を実感する前に適切な運動習慣を身につけることが大切です。

図4
図4:AWGSのサルコペニア診断アルゴリズム
図5
図5:加齢に伴って萎縮しやすい筋肉

筋肉を鍛えるには「筋トレ」が一番効果的!

 運動にはたくさんの種類がありますが、骨格筋量を増加させ、筋力増強を引き起こすには、筋肉に比較的強い負荷をかけて行うレジスタンストレーニング(筋力トレーニング:筋トレ)が最も効果的な処方です。一般的には、最大筋力(最大挙上重量)の80%程度の重い負荷を用いて行うことが推奨されています。なお、高齢になっても適切なトレーニングを行うことで、十分な身体機能改善効果を得られることが数多くの研究で明らかになっています。
 高負荷で行う筋トレの有効性に疑いの余地はありませんが、幅広い人々への普及を念頭においた場合、身体への負担を軽減しつつ筋機能の向上を図る工夫や特別な器具を必要としない利便性が必須の条件となります。
 最近10年あまりの研究から、軽い負荷であっても他の要因に工夫を加味することで十分な効果を得られることがわかってきました。その中で、筋発揮張力維持スロー法(スロートレーニング)を応用したエクササイズが実践的な方法のひとつです。スロートレーニングはややゆっくりした速度で、鍛える筋肉に力を入れた状態のまま動作することによって、軽い負荷にもかかわらず重い負荷を用いた通常の筋トレと同じくらい筋肉量を増やす効果があります。ただし、スロートレーニングは、決して楽なトレーニングではありません。鍛える筋肉にあえて力を入れっぱなしのまま、ゆっくり動作しますので、軽いのにキツくなります。高齢者を対象とした最近の研究では、最大筋力(最大挙上重量)の30%のごく軽い負荷で行うスロートレーニングでも、筋肉量がしっかり増えることがわかっています、(図6)。また、スロートレーニングは安全に行えるという大きな利点があります。このトレーニング法は用いる負荷が軽く、急な加減速をする局面がないため、関節にかかる負担も小さくなり、トレーニング中の血圧の上昇も高負荷で行う筋トレに比べ低く抑えられます(図7)。スロートレーニングをスクワットなどの自体重を利用するエクササイズに応用することで、特別な施設や道具がなくても効果的なトレーニングが実施可能となります。
 しかし、筋肉量を増やすという点では非常に効果的である一方、スロートレーニングは日常動作の動作効率を向上させる効果はあまり期待できません。そのため、高齢者の日常生活機能を全体的に改善するには、スロートレーニングと動作改善にアプローチする処方を併用することが求められます。日常生活の動作改善には、すばやい動作を含むエクササイズや筋パワー向上に着目した動作改善トレーニングなどが有効と考えられます。

図6
図6:高齢者を対象としたスロートレーニング(レッグエクステンション)の効果
図7
図7:高齢者が筋トレ(レッグエクステンション)を実施した際の収縮期血圧の変化

おわりに

 現在、我々の研究グループは、京都府亀岡市において高齢者を対象とした大規模介入試験に取り組んでいます。この試験は、地域で現実的に運用可能な介護予防プログラムを開発し、その効果を検証することを目標としています。介入プログラムには、自体重やゴムバンドを負荷として利用する筋トレ(スクワット、サイドレイズ他)が含まれており、スロートレーニングを応用しています。12週間の短期介入の結果、自己管理型のプログラム提供によっても下肢骨格筋量の増加および運動機能改善を認める結果が得られており、ポピュレーションアプローチとしてのスロートレーニングの有効性が明らかになりつつあります。

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