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教員コラム(上林 清孝)

からだを動かす神経メカニズムの探求

上林 清孝 准教授 上林 清孝 准教授

幼いころからのスポーツ活動を通じて、繰り返しの練習によって動きが上達するしくみに興味を抱いたことがスポーツ科学を志すきっかけとなりました。同じ練習をしていてもすぐに動作が上達する“運動神経が良い”者がいる一方、なかなかうまくならない者も見受けられます。生理学で運動神経とは運動ニューロンと呼ばれる神経細胞と筋肉とをつなぐ神経を指し、実際には運動神経自体に大きな個人差はみられません。運動に関わる能力差をもたらしている要因の一つは、筋の収縮を制御している神経系での調節能だと考えられます。ここでは、ヒトの運動を制御するシステムの一端を、これまでの研究成果とあわせてご紹介します。

ヒトの身体運動のしくみ -フィードフォワードとフィードバック-

図1 図1 脳からの運動指令と感覚情報フィードバックの概略図

神経系が身体運動をどのように生成しているのか、簡単な身体動作としてキャッチボールを例に説明します。飛んでくるボールをキャッチする際、まずはボールを視覚でとらえ、脳内で情報処理し、ボールの速度や方向などが認識されます。その状況判断とこれまでの運動経験をもとに、運動のプログラムが脳内で計画され、ボールが手に接触する前からすでに上肢の多数の筋に収縮指令が送られます。大脳の運動野から送られる筋収縮の指令は、飛んでくるボールの速度などによっても異なりますが、ボールが手に接触する200ミリ秒くらい前から準備的な筋活動を引き起こします(図1)。これから起こるイベントを予測し、フィードフォワード制御による筋活動が脳・神経系の働きで引き起こされているのです。さらに、ボールが手に接触した衝撃によって筋が引き伸ばされ、皮膚には圧が加わり、それらの感覚情報が脊髄や脳へとフィードバックされます(図1)。感覚情報は脊髄にある神経細胞の興奮性を変化させ、状況に応じて反射としての筋活動を生み出します。つまり、我々が行っている身体運動は、運動プログラムによるフィードフォワード制御と感覚情報によるフィードバック制御の両作用によって生成されているわけです。この制御システムをより詳細に調べる目的で、着地動作を模擬した運動課題にて、落下速度、接地面の硬さ、視覚情報の有無といった課題条件を変えることで、運動プログラムによる下肢筋での準備的な筋活動と接地後に生じる反射活動がどのように変化するのか実験を行ってきました。落下速度を低下させた条件や柔らかい接地面の条件では接地前の筋活動が減少し、加速度変化の感覚情報や接地面に対する事前知識が運動プログラムの修正に強く関わっていることが示されました。また、視覚情報が欠如した閉眼条件では、フィードフォワードによる筋活動が減少する一方、反射による活動が強まることを観察し、運動制御メカニズムの一端を明らかにしています。

二足歩行の制御メカニズムと機能回復

図2 図2 ロボット型歩行支援機器

ヒトの二足歩行では不安定な立位姿勢を維持しながら、多数の筋肉がリズミックに活動しています。脳卒中や脊髄損傷など神経系にいったん障害が生じてしまうと、多くの場合、歩行機能が損なわれてしまいます。歩行障害後の機能回復に関しては、近年、神経科学分野の研究成果をもとに、免荷式トレッドミルトレーニングに代表される積極的なリハビリテーション介入が行われています。さらに、歩行動作を支援するセラピストの身体負担を減らし、歩行トレーニングがより安全に長時間実施できるよう、歩行支援ロボットが開発されています。代表的なロボットには、スイスで開発されたLokomat®(図2 左)や筑波大学を中心に研究開発されたロボットスーツHAL®(図2 右)などがあります。これらのロボットを用いて、ヒト二足歩行の神経基盤に関する基礎実験や歩行機能障害者に対するリハビリテーション研究を進めてきました。
二足歩行の神経制御メカニズムは四足歩行とは異なる可能性があり、動物実験の結果をそのままヒトに当てはめることができず、その制御機構はいまだ不明な点が多く存在します。制御メカニズムに関して、なかでも歩行中に生じた体性感覚情報(筋の長さ変化や接地による荷重など)が、神経系の興奮性にどのような影響をもたらすのか焦点をあててこれまで研究を行っています。運動野から脊髄の運動ニューロンへとつながる皮質脊髄路の興奮性増大には歩行中の荷重情報が重要な役割を担っていることや筋の感覚情報が歩行時にみられる脊髄反射の興奮性変化に影響していることなどを観察し、感覚情報が歩行中の様々な神経路の興奮性変化に関わっていることを明らかにしています。これらの研究成果をもとに、より効率的な歩行リハビリテーション方法を検討しています。

今後の展開

2014年度からは新たな実験室に実験装置のセットアップを行い、筋電図、脊髄反射、脳波、経頭蓋磁気刺激(TMS)といった非侵襲的な電気生理学的手法を用いた研究を継続していきます。頭皮上の電極に痛みのない強度で直流電気刺激[経頭蓋直流刺激(tDCS)]を与えることによって運動学習が促進するといった報告がなされており、このtDCSを用いた研究課題も計画しています。学習メカニズムの更なる解明はスポーツパフォーマンス向上のみならず、運動機能障害者の機能回復にも関わる重要な研究課題になります。また、生命医科学部にあるMRI装置を使った研究も予定しています。TMSやMRIに代表される非侵襲的な脳機能計測方法が開発されたことで、ヒト被験者を対象とした運動制御・学習の研究は新たな展開をみせています。このような背景のもと、いまだブラックボックスの多いヒトの運動制御機構や運動学習メカニズムに関する研究を今後も推進していきます。

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