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教員コラム(若原 卓)

骨格筋の構造と機能およびそれらのトレーニング変化について

スポーツ健康科学における骨格筋

wakahara_HP.jpg  (100382) 若原 卓 准教授

 日常生活で行われる、歩く、立ち上がるといった動作から、スポーツ中にみられる複雑な動作や力強い動作まで、それらを生み出しているのは骨格筋の発揮する力です。筋肉が十分な力を発揮できなければ、歩くことや立ち上がることも思うようにできず、日常生活における活動は制限されてしまいます。一方、筋肉の発揮する力が強ければ、高く跳ぶことができたり、速いボールを投げたりすることが可能となります。ですから、人々の「健康」の維持・増進や「スポーツ」における競技力向上を考える上で、骨格筋の構造や機能特性に関する理解が欠かせません。また、骨格筋の大きな特徴として、可塑性に富むことが挙げられます。例えば、数週間の筋力トレーニングによって筋肉は肥大しますし、数日の宇宙空間への滞在でも萎縮してしまいます。ただし、このときに生じる筋肉の適応の過程や程度は、トレーニングの内容や不活動の条件によって異なり、また同じトレーニングであっても、対象とする筋肉や人によって大きく変わってきます。こうした骨格筋の適応の実態を明らかにすることは、競技力向上を目指すアスリートのトレーニングプログラムの立案や、健康の維持・増進を目指す人々への運動処方プログラムを作成する上で大変重要であり、スポーツ健康科学における重要な研究テーマであると考えています。

筋肉の太さと力の関係

 筋肉が発揮できる力の大きさは、筋肉の太さ(断面積)にほぼ比例します。この「ほぼ」という点が重要な意味を持っています。単純に考えれば、筋肉が太ければ力を生み出す要素がたくさんあるわけですから、 筋肉の断面積と筋力は強い比例関係にありそうです。ところが、実際にたくさんの人の断面積と筋力を測ってみますと、両者はほぼ比例するものの、さほど強い関係にはありません。 また、筋力を断面積で割った値である「断面積当たりの筋力」も、一定にならず人によってかなりバラバラです。つまり、筋肉の断面積が小さいにも関わらず大きな筋力を出せる人がいたり、逆に、断面積が大きいにも関わらずあまり筋力が出せない人がいます。こうしたことは、スポーツを経験する中で感じたことのある人も多いかもしれません。例えば、身体は細いのに速いボールを投げることができる選手がいたり、脚は太いのに弱いシュートしか蹴れない選手もいます。同じ階級に属するボクサーであっても、パンチ力には個人差があります。もちろん、スポーツ動作の場合には技術的な要素の影響も無視できませんが、「肘を曲げる」「膝を伸ばす」といった単純な動作を行わせたときの筋力でさえ、筋断面積のみで決まるわけではないのです。では、なぜ筋肉の断面積と筋力の関係にバラツキがみられるのでしょうか?断面積当たりの筋力が、人によって異なる要因は何なのでしょうか?これらの点については、実はよくわかっていないのが現状です。この要因を突き止め、それを高めるためのトレーニングを考案できれば、スポーツパフォーマンスのさらなる向上も期待できます。

骨格筋の不思議な構造

 ところで、「筋肉」と聞いてみなさんはどのようなイメージを抱くでしょうか?図1のようなイメージを持つ方が多いのではないでしょうか。 図2のようなイメージを持つ方はあまりいないと思います。ところが、身体には図2のような構造を持つ筋肉が多く存在しています。 このような筋肉は、鳥の羽のようにみえることから、羽状筋(うじょうきん)と呼ばれています。羽状筋の特徴は、筋肉の細胞である筋線維が筋全体の収縮方向(図中の水平方向)に対して、斜めに並んでいることです。 図3は、ふくらはぎにある腓腹筋という筋肉を超音波装置を用いて捉えたもので、実際に筋線維(白いライン)が斜めに並んでいることがわかります。 骨格筋の主な機能は筋全体の収縮方向に対して力を発揮することですから、その機能を担う筋線維が斜めに並んでいる羽状筋は、とても非効率な印象を受けます。ところが、一見すると非効率にみえるこの構造が、実は合理的で、 機能的に意義があることがわかっています。詳細は省きますが、筋線維が斜めに並んでいることで、人体の限られたスペースの中に大きな筋断面積を持つことができ、大きな筋力を発揮することが可能となっています。 もし骨格筋がこのような構造を持っていなければ、同じだけの筋力を発揮するためには、1つひとつの筋肉の体積をもっと大きくする必要があります。そうなると、体重が重くなり、走ったり、跳んだりすることは容易にできなくなるでしょう。また、そうした身体では、歩いて移動するだけでも多くのエネルギーを消費することになるため、非効率です。人間(に限らず動物もそうですが)の骨格筋は、とても効率的な構造を持っているのです。

図1

図1

図2

図2

図3

図3

羽状角の変化

 羽状筋の興味深い点は、筋線維の並ぶ角度(羽状角)が、筋肉や人によって異なり、成長や加齢、トレーニングによって変わることです。通常、腕の筋肉に比べて脚の筋肉の方が、筋肉が細い人より太い人の方が、大きな羽状角を持っています。 また、筋力トレーニングによって羽状角が大きくなることもわかっています。これは、トレーニングによって太くなった筋線維をコンパクトにまとめるための方略だと考えられていますが、羽状角が極端に大きくなってしまうと、 斜めに並んでいることのマイナスの影響が無視出来なくなります。例えば、極限まで筋肉を肥大させたボディビルダーの中には、羽状角が45度を超えてしまう人がいます。そのような人たちは、筋断面積が大きく筋力も強いのですが、断面積当たりの筋力は小さいようです。つまり、筋の「量」は多いのですが、「質」が低下してしまっていると言えます。そして、この筋肉の質の低下の要因として、大きすぎる羽状角が挙げられます。ただし、このように極端に羽状角が大きくなることは稀ですので、現在トレーニングを行っている多くの人にとっては羽状角の過度な増加を心配する必要はなさそうです。

 このように、骨格筋の構造と機能およびそれらのトレーニング変化という観点から研究を進め、スポーツ健康科学が抱えているさまざまな問題の解決に貢献したいと考えています。