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教員コラム(高倉 久志)

骨格筋の有酸素性代謝能力に対するトレーニングの影響

_DSH4517.jpg  (100505) 高倉 久志 准教授 図1 図1. 有酸素性エネルギー供給機構の概要

 私たちは通常、アデノシン三リン酸(ATP)を分解する際に生じるエネルギーを利用して、運動を含む様々な生命活動を営んでいます。しかし、体内におけるATPの貯蔵量は非常に少なく、運動(筋収縮)を持続するためには体内でATPを合成し続けなくてはいけません。ATPを合成する機構には酸素を利用する経路と酸素を利用しない経路が存在し、持久的な能力を必要とする競技においては酸素を利用する経路(有酸素性エネルギー供給機構)が主要なエネルギー供給機構となります。また、有酸素性エネルギー供給機構の反応は糖質や脂質を基質としてミトコンドリアという細胞小器官において行われるため、ミトコンドリアへの円滑な酸素運搬も、有酸素性エネルギー供給機構によるATP産生能力を維持・亢進するための重要な一要素となってきます(図1)。

私は学生時代に陸上競技中長距離種目を中心に取り組む中で、運動中のエネルギー供給機構とスポーツパフォーマンスとの関係に興味を持ちました。 実際に、運動中により多くの酸素を体内に取り込めるヒトほど一般的には持久的な運動能力が高いことや、トレーニングの継続によって有酸素性エネルギー供給能力が向上することが知られており、 有酸素性エネルギー供給能力とスポーツパフォーマンスとの関わりは強いと言えます。

運動時における筋細胞内での酸素運搬機序

図2 図2. 運動中のミオグロビン動態を検出するための実験システム 図3 図3. 運動中のミオグロビン動態の代表例

 呼吸によって取り込まれた酸素は、肺でのガス交換を経て、心臓から全身に血液が分配され、末梢組織における毛細血管から筋細胞内へのミトコンドリアへと酸素が運搬されます。 運動時にはこれらの各ステップが協調的に反応し、ミトコンドリアへの酸素運搬が調節されると考えられていますが、とりわけ骨格筋組織における毛細血管から筋細胞内への酸素運搬機序については全容が解明されていません。 その理由の1つには、酸素結合タンパク質と呼ばれるミオグロビンが運動時の筋細胞内酸素運搬機序にどのように関与しているのかが不透明だったためです。ミオグロビンというのは、血液中で酸素を運搬しているヘモグロビンとよく似ているタンパク質で、 筋内に存在しています。安静時には酸素と結合した状態を維持しますが、運動時にはどのように筋細胞内酸素運搬に関与するのか、もしくは安静時と同様に酸素と結合した状態を維持し続けるのかについては議論が続けられていました。 そこで、私は筋収縮中のミオグロビン動態のみを検出できる実験システムを構築し(図2)、運動時の筋細胞内酸素運搬機構を検討しました。図3には運動中のミオグロビン脱酸素化動態(ミオグロビンが結合酸素を解離していく様子)を示しました。筋収縮の開始に伴って、図3のプロットが時間経過ともに上方へ移行していく様子が確認できると思います。この結果は、筋収縮時にはミオグロビンが結合酸素を解離し、ミトコンドリアの酸素供給源となることを示しており、このことによって細胞外からの酸素流入も促進されます。また、発揮される張力に依存してこの変化が大きくなることもわかりました。さらに、持久的トレーニングを継続的に行うことによって、骨格筋内では酸素を用いてATPを生成するミトコンドリアが増加し、運動時においてミトコンドリアへの酸素運搬を担うミオグロビンも増加します。トレーニング後の骨格筋に対して同様の検討を行うと、ミトコンドリアの酸素利用能力が向上するとともに、ミオグロビンを介した酸素供給能力も上昇することが示されました。したがって、持久的トレーニングを行うことによって、骨格筋内ではミトコンドリアの酸素利用能力が亢進するとともに、その酸素需要を満たすことができる酸素供給システムが構築されます。その結果として、有酸素性エネルギー供給機構のATP生成能力が向上し、持久的な競技種目の運動パフォーマンス向上にも貢献すると考えられます。

トレーニング効果を決定、修飾する因子とは?

図4 図4. 骨格筋の時計遺伝子(Bmal1, Per2)の概日リズム

 上述したように、持久的トレーニングは骨格筋の有酸素性代謝能力を亢進させることによって、運動パフォーマンスの向上や、少し見方を変えれば代謝疾患の予防・改善をもたらすと言えます。トレーニングによって得られる効果は、トレーニングの様式や時間、強度、頻度によって変わってくることはもちろんですが、遺伝子発現やホルモン分泌による影響も受けます。とりわけ、ホルモン分泌や遺伝子発現には1日24時間の周期で分泌量や発現量が増減するサーカディアンリズム(概日リズム)が存在することが確認されています。そこで、私は遺伝子発現のサーカディアンリズムを基にしたトレーニングを実施することによって、トレーニング効果を最大化できる可能性があるのではないかと考えています。サーカディアンリズムの形成には時計遺伝子と呼ばれる遺伝子が深く関わっており、24時間周期で様々な出力遺伝子の発現を修飾することが知られています。図4には代表的な時計遺伝子であるBmal1とPer2のサーカディアンリズムを示しました。骨格筋組織では200以上の遺伝子がサーカディアンリズムを有することが報告されており、その中にはミトコンドリアの生合成に関与する遺伝子も含まれています。したがって、私はトレーニングを実施するタイミングがトレーニングプログラムに必須の構成要素の1つであることを提案できるような実験証拠を得ることを今後の目標としながら、トレーニング効果を最大化できるトレーニングプログラムの考案に挑戦していきたいと考えています。