教員コラム(藤澤 義彦)
「スポーツ競技選手の資質の検討」について
教員コラムも,いよいよ60才overに順番が回ってきました.今まで16人の先生が,「同志社大学スポーツ健康科学部で学習する意味」とか,「スポーツ健康科学とは?」について,また,ご自身の研究について解りやすく解説されてきました.今回は,私の専門分野とともに,少しだけ,大学スポーツを取り巻く環境について話をしたいと思います.
1)「スポーツ競技選手の資質の検討」とは
皆さんは,スポーツをしていて,「なぜ彼は上手いのだろう?」と感じたことはないでしょうか?いつも同じ練習をしていて,上手くなる人もいれば,いつまでたっても上手くなれないで悩んでいる人もいると思います.この悩みの原因は何かというと,一つは,今やっている練習が,“合わない”のかもしれません.合わないというのは,その人の“持ち味を引き出せていない”練習なのかもしれません.このような,人それぞれの“持ち味”を,私は「資質」という言葉で表現しています.
ご存じの通り,スポーツのトレーニングは,みんなが同じ内容でやるのではありません.トレーニングは,その“原理”,“原則”,“条件”にしたがい,その人の,体力や技術レベルに応じて行うものです(この科学的なトレーニングについては,スポーツ健康科学部でガッチリ学習できます).そのため,トレーニングのための資料は,まずその人の“体力や技術レベル”を知ることです.それを知っておかないと,その人の“持ち味”を引き出すことは出来ないかもしれません.私は,この“持ち味=資質”を色々な機器を使って測定して,そこから出た結果が,何を意味するのか?その人の持ち味は何なのか?を見つけ出すことを専門としています.
このように,私は競技力向上を目的として,「スポーツ競技選手の資質」について研究を行ってきました.研究を始めた頃はフェンシング選手を中心に,フェンシング選手に必要とされる身体的因子を収集,分析,評価してきました.今では,対象者をフェンシングに限らず,大学スポーツ選手に広げ,色々な測定をしています.特に現在は,スポーツ選手の資質を体力要素とともに,骨組成についてもみています.これまでの研究では,骨組成とスポーツ競技との関連を研究したものは,あまり多くありません.そのため,スポーツ競技選手の「資質」を単に体力要素に注目するのではなく,「骨組成」という新たな視点から資質の判定を行うと考えて現在に至っています.ここで,使用する機器は,同志社大学理工学部超音波研究室で開発された,手首を使って測定する「超音波式骨密度測定装置」(Fig1.,Fig2)です.今まで医療現場等で使われてきた骨密度計は,X線を使った機器でした.しかし,研究を重ねて,超音波機器の精度を高めた結果,X線を使った測定機器と変わらない信頼性を実現しました.また,超音波機器は被曝の心配がない上,超音波弾性波動を使用するため,骨の構造的な弾性的性質である「骨質」を評価できる特性を持っています.従来のX線法では計測不可能な骨の構造的弾性,いわゆる“しなやかさ”を評価出来ます.
では,この測定で何が解るのでしょうか. Fig.3とFig4.は一般成人男女(白抜きの棒グラフ)とフェンシング男子オリンピックメダリスト(青のグラフ)とフェンシング女子全日本大会優勝者(赤のグラフ)の骨密度と骨組成です.図のタイトルにある「透過波減衰(Fig3)」とは,超音波をFig2.のように左から右へ通過させた時,途中で超音波が骨にあたり,どれぐらいの量の超音波が“跳ね返されたか”によって,骨密度の高さを判定する指標です.跳ね返された超音波が多いほど骨密度の高い骨ということになります.
Fig3.のようにフェンシング競技選手は,一般人よりも高い骨密度を有しています.Fig4は,「海面骨弾性定数」といい,骨内部の海面骨の“構造的弾性=しなやかさ”を判定する指標です.一般的に,骨密度が高ければこの弾性定数も高く,いわゆる「硬い骨」になります.しかし,このフェンシング選手は,骨密度が高いにもかかわらず,弾性定数が一般男女より,低い値を示しました.この2人の骨のフェンサーは,「非常に丈夫でしなやかな骨」ということになります.実際この2人のフェンシングは,しなやかで躍動感にあふれています.何かここに競技力を左右する一つの答えがあるのではないかと想像します.
このような,スポーツ活動による重力負荷が,骨密度と骨質にどのような影響を与え,それが競技力にどのように関連しているのか?についても研究を進めています.また,この過程から,「新しいトレーニング方法」やスポーツ傷害のリスクを発見する「スクリーニング・テスト」の開発ができないものかと考えています.
2)大学スポーツを取り巻く環境とは
私が,競技力向上を究極の目標に研究をしていることはお話ししたとおりです.しかし,競技力,特に国際的競技力向上を目指す場合,スポーツ科学の研究成果を,スポーツ指導の場ですことが重要です.スポーツ指導については,また機会があればお話ししたいと思います.ここでは,もっと基本的な研究成果を指導に生かす,スポーツの環境について,思うことがありますので書いてみたいと思います.
大学スポーツの競技レベルが“東高西低”と言われて数年経っています.その原因は色々あります.1つは優秀な高校生選手が,大挙,首都圏の大学に進学するためでしょう.では何故,関東に行くのでしょうか?確かに,推薦入試の制度にも関係しているしょう.それに加えて,ナショナル・トレーニング・センター(NTC)の存在も大きな理由の一つだと思います.実際,私がやっているフェンシングでもNTCに通いやすい大学を希望する傾向があり,従来の学連の勢力図が変化しています.
この“東高西低”状態を改善するためには,関西にNTCを建設するのも1つの方策ではないないかと思います.現在,文部科学省では,全国の都道府県に「総合型地域スポーツクラブ」を設置し,生涯スポーツの普及に努めています.しかし,スポーツ競技力強化施設は東京に集中しています.是非,2020年の東京オリンピックを契機に,スポーツ強化システムを全国展開させ,生涯スポーツの充実と競技力強化,それにスポーツ科学の研究成果を連動させることの出来る施設を作ることが,大学スポーツとともに日本のスポーツを発展させることになると思うのですが,いかがでしょうか?