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教員コラム(石井 好二郎)

つま先着地ランニングと裸足感覚シューズって良いの?

長距離走レースの記録を説明する因子

IMG_4493.JPG   (100442) 石井 好二郎 教授

 長距離走のレースペースは、最大酸素摂取量(VO2max)・乳酸性閾値(lactate threshold: LT)・ランニングエコノミーの3つで約70%説明できるとされています(Midgley et al, 2007: 図1)。
 この中で、最大酸素摂取量は持久性運動能力の主たる要因として知られており、最大酸素摂取量と長距離走の記録との間には相関が認められます。トレーニングによる最大酸素摂取量の向上は20%前後との報告が多く、一般男性の約50ml/kg/min・一般女性の約40 ml/kg/minと比較すると、一流長距離ランナーの最大酸素摂取量は元々の能力の高さがあってこそ成り立っているのです(図2)。

長距離走の世界記録更新のナゾ

 しかしながら、最大酸素摂取量と長距離走の記録との相関は広範囲の競技成績を対象とした場合に認められ、狭い範囲内では消失します。また、マラソンに代表される長距離走の世界記録はどんどん更新されていますが、トップ選手の最大酸素摂取量が昔と比べて向上しているわけではありません。さらには、最大酸素摂取量に近い強度を持続できる能力が以前より向上したとの報告も有りません。では何故、記録は更新されているのでしょう?
 記録の更新には走路(トラックや道路)の改善や、シューズやウェアの改良も影響していると思われますが、生理学な要因としては、上述の長距離走の記録を説明する第3の因子、ランニングエコノミーの改善が考えられます

つま先着地はランニングエコノミーを高めるフォームになり得るか?

 ランニングエコノミーを決める最も大きな要素は、ランニングフォームと言われています。一体、どんなフォームがランニングエコノミーを高めるのでしょうか?その一つに近年、話題になっているつま先着地(フォアフット)があります。2010年イギリスの科学雑誌ネイチャーに裸足で走ると多くの人がつま先着地になり、つま先着地の方が踵着地よりも着地の衝撃が少ないことが報告されました(Lieberman et al, 2010)。その後、別のグループの研究によっても、つま先着地の方が膝などへの負担が少ないとの研究結果が示されています(Kulmala et al, 2013)。
 現在、トップランナーの多くがつま先着地であり、市民ランナーもつま先着地への変更を試みられている方が増えています。しかし、つま先着地は誰もができるランニングフォームではないようです。つま先着地が可能なランナーは踵着地ランナーに比べ、ランニング動作中における足関節底屈力(底屈モーメント)やアキレス腱張力が大きいことが報告されています(Kulmala et al, 2013: 図3)。つまり、つま先着地時の衝撃に耐えるために足首を底屈する強い筋力を発揮していることが、つま先着地ランナーの特長のようです。

裸足や裸足感覚シューズはつま先着地へと導くのか?

 また、近年では裸足(ベアフット)のランニングや、裸足感覚のシューズ(Minimalist Shoes)が注目されていますが、2015年3月の米国整形外科学会(American Academy of Orthopaedic Surgeons: AAOS)では30代以降のランナーが裸足のランニングや裸足感覚シューズによるランニングを実施したところ、着地パターンの変更が若年ランナーよりも困難であったとの発表がありました(Mullen et al, 2015)。裸足および裸足感覚シューズによるランニングによって障害率が高まることも報告されています(Ridge et al, 2013)。すなわち、若いランナーと比べて、ベテランランナーではフォームが固まってしまっており、また筋力低下が影響して着地フォームの変更が難しいのかもしれません。
 一方、青年期のエリートランナーに裸足および裸足感覚シューズによるランニングを実施させた場合は、つま先着地に着地パターンをスムーズに移行できたとの報告もあります(Mullen & Toby, 2013)。2017年11月に発表された論文では、ケニア人の中でも、トップランナーを数多く輩出するカレンジン(Kalenjin)族の裸足を習慣とする青少年は、靴を履く同じ部族の青少年より、丈夫な足の構造と機能を有していることが報告されました。下肢の障害発生も裸足を習慣とする青少年は少なく、また、中等度から高強度の身体活動に従事する時間が長く、座っている時間が短いなど、生活が活発であることも示されています(Aibast et al, 2017)。
 したがって、幼少時代から裸足あるいは裸足感覚シューズによるランニングを実施していると、つま先着地によるフォームになるのかもしれません。また、つま先着地に改良できる能力(ふくらはぎやアキレス腱の力が強い等)を持つ若いランナーは、つま先着地へとフォームを変更できる可能性がありそうです。
 筆者がまだ二十代のころ、ソウル(1988)・バルセロナ(1992)の両オリンピックのマラソンで4位に入賞した中山竹通選手が「短距離走者がつま先で走っているので、自分もそのようにフォームを変えたら記録が伸びた」と話しているのを直接聞き、つま先着地へとフォーム改良を試みたことがあります。結果は中山選手とは異なり、つま先着地で長距離走のトレーニングを継続することはできませんでした(走り続けることができない)。つま先着地はランニングエコノミーを改善させる潜在的な利点はありそうですが、誰しもが享受できるものでは無いようです。