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教員コラム(岩田 昌太郎)

幸せの扉:「スポーツ(保健体育)✖️教育」の持つ可能性

1.はじめに

コラム_岩田先生   (107037) 岩田 昌太郎 准教授

 世界中には、子どもたちの未来を称える言葉があふれている。例えば、「千の倉より子は宝」(日本のことわざ)、「子どもたちが私たちの未来であることを信じよう」(ホィットニー・ヒューストン)、「子どもたちはみな、何かの天才を持っている」(ジョン・レノン)、「どんなに小さな子どもでも、世界を変える力を持っている」(グレタ・トゥーンベリ)、などである。それらの言葉は、国や文化、そして時代を超えて、子どもの純粋さ、無限の可能性、そして未来への希望に心を動かされ、多くの人々の支持を受けて今に残っている。

 そのような先人たちの慧眼としての言葉とは裏腹に、世界全体で見れば、多くの子どもたちが貧困、暴力、差別、健康や教育の不足などに苦しんでいる現状もある。そして、一教育者の私としても、「世界のすべての子どもたちが幸せなのか」という問いに対して、必ずしも「はい」とは言えない現況にもどかしさを感じる瞬間が多々ある。

 しかしながら、そのような現状の中でも、教育やスポーツ(保健体育)が子どもたちの「幸せ」に寄与し、豊かな人生の送るための大きな契機になっていると筆者は信じている。もちろん、子どもたちが「幸せ」と感じる瞬間には、物質的な豊かさだけでなく、愛情や支援、安心感や将来に対する希望、そしてスポーツや音楽・芸術への関与など、多くの要因に左右されるであろう。現に、最近の先駆的な知見や研究において、「運動と幸福」や「スポーツと幸福」に関する研究(例えば,マクゴニガル, 2020;朝倉ほか, 2024)がなされ、運動の効用やスポーツの価値が追究されている。さらに、わが国の体育学・スポーツ科学・健康科学を総合する先導的な学術団体である日本体育・スポーツ・健康学会においても、体育・スポーツ・健康がもつ価値として、「個人の幸福」を使命として活動が続けられている注1)

 そこで、本コラムでは、自己の教育と研究の成果の一部を「過去ー現在ー未来」に即しながら通時的に紹介し、人生を幸せかつ豊かにする一つの鍵としての「スポーツ(保健体育)✖️教育」の可能性を探究してみたい。そして、それらを通して、子どもたちの「幸せの扉」が開かれる一つの契機となることを期待する。

2. 「過去-現在」までの扉:保健体育科教育学≒スポーツ教育学を研究・教育していく意義

2.1. 20年近く実施してきた研究成果の概要

教員コラム QRコード(岩田昌太郎)  (107040)

 私が、現在までに行ってきた保健体育科教育学(≒スポーツ教育学)の研究トピックには、大きく2つの側面がある。

 1つ目は、教科教育学を基盤とした保健体育科教育学(スポーツ教育学)である。学校の保健体育科の授業改善を軸に、学習指導法の工夫や教材開発、そして教科(保健体育)としての存在意義の討議など、多岐にわたる研究や報告を蓄積してきた。また、教員養成におけるカリキュラムの研究にも博士課程(前期-後期)の頃から着手しており、模擬授業の導入やリフレクションに関する研究も進めてきた。もちろん、その成果を基盤として、国立大学での17年間、そして、現在、同志社ではスポ健の学生たちを中心に、「スポーツ教育学」という講義や教職課程の「指導法の関する科目」を担当しながら、保健体育科の教員免許取得に向けた授業を学生たちに提供している。なお、研究成果の詳細については、右のQRコードを参照されたい。

 そして、2つ目は、保健体育科教師の力量形成に関する研究である。国内の小学校から高等学校まで、保健や体育の授業研究(Physical Education on Lesson Study)をはじめとした校内研修や県市の講演会に従事してきた。その成果についても、様々な視点から研究や報告を蓄積しながら、それを教師の専門性開発や教員研修の改善に還元してきた。例えば、保健体育科教師達人セミナー(HePESET)という「自主研究サークル」を立ち上げたり、附属教員や公立学校の教員、そして大学生がコラボして教材開発を進めるようなイベントを開催したりと、少しでも学校の教師たちをエンゲージメントできるように努めてきた。こうした取り組みは、教師教育における教員養成や現職教育を有機的に「つなぐ」ものであり、教師教育の発展に少しは貢献してきたと自負している。

 他方、明治時代から約150年近い歴史と伝統を有する授業研究(狭義の意味では、校内研修を指す)は、日本固有の学校文化として、今、世界から注目を集めている。現在、教師の専門性開発を支援するための有益な方略として授業研究(Lesson Study)という研究領域が、国際的な学会(世界授業研究学会)にも発展している。私も現在、国内の9大学に所属する共同研究の先生方と連携しながら実践と研究を蓄積しつつある(参考:科研(基盤研究B, 研究課題(番号)23K25668, 「理論と実践を体育授業研究で結ぶ教師教育プラットフォームの構築」を参照されたい)。しかも、授業研究を通した「つながり」のおかげで、多くの教師たちと有益なネットワークを構築することもできた。

 以上のように「過去-現在」にかけての自己の研究領域を概説してきた。しかし、最近の体育という教科が軽んじられる報道注2)や、一般的な受験科目に含まれない保健体育科が比較的優先度が低い教科とみなされる「周辺性(marginality)」の問題(清水ほか, 2024)など、解決すべき課題は山積しており、いかに良い教科イメージに転換し、教科の存在基盤を強化することができるのかが焦眉の課題となっている。

2.2.斬新な研究としての「教師教育(teacher education)」との出会い

 先で述べたように、私が教師教育(teacher education)の研究に着手したのは、博士課程の前期・後期からであった。その理由は、大学で学んだ理論(知識)が、学校教育の現場でうまく活用かつ統合できないもどかしさに苦悩したからであった。しかし、大学教員となり、十数年、教師教育の研究に関与してきたが、自己の研究方法や斬新的なアイデアの停滞を感じていた。そのようなときに、運よく、自己の研究を拡張させる契機になったのが、欧州を中心とした教師教育の研究への関与、つまり、オランダのアムステルダム自由大学での客員研究員としての機会であった。

 そして、オランダ滞在の時に大変お世話になったのがアムステルダム自由大学に勤務していたDr. Anja Swennen(アンニャ・スウェネン)先生であった。彼女の研究上の関心は,教師教育者のアイデンティティと専門性開発ならびに教師教育の政策と歴史であり、数年前まで“Professional Development in Education”誌の副編集長を務めるとともに、教師教育に関する多数の学術論文の出版や書籍の分担執筆に従事している(濱本ほか, 2019)。私は、彼女がいるオランダを拠点としながらも、欧州の教師教育の研究者を多く紹介していただき、交流する機会を得た。そして、帰国後も、欧州の研究者との国際シンポジウムや講演セミナーの企画・運営などを通して、教師教育の国際比較分析に注力できていることが大きな財産となっている。

 もちろん、オランダという国自体への興味・関心も深く抱いており、文化や社会、そして教育制度にも魅力ある国だと感じていた。なぜならば、UNICEF(国際連合児童基金)が発表する「子どもの幸福度ランキング」で、オランダは2007年、2013年、2020年の3回にわたり首位を獲得し、その結果、今や「世界一子どもが幸せな国」という印象が広まっていたからである。実際、筆者も、いくつかの学校を訪問しながら、子どもたちや教師たちの様子にも触れ、インタビューをしながら、その要因や秘訣といったものを肌で感じることができた。

2.3.未来への投資:3つの「きょういく(教育・共育・今日育)」

 本学に勤務すると、同志社大学の創設者、新島襄の言葉に触れる機会が多くある。その中でも、私の印象に残っているフレーズが以下の内容である。

「一つのケースを見て、或る人についての意見を形づくるのは非常に危険である。我々は注意深くしなければならない。なぜならば、ある点について全く欠けている人も他の点で非常に有能であるかも知れないからである。いわゆる完全な人にもいくらかの欠点があるに違いない。その人の気質や教育や周囲の人々や生活の暮し向きなどを明らかにしなさい。或る異常な場合にその人がどのような振る舞いをするか調べなさい。素早く批判しないように。さもないときっと判断を誤るだろう。」注3)

 さらに、新島襄の名言の1つにもある「人一人は大切なり」からもわかるように、人の多様性に敏感かつ誠実に向き合うことは「教育の本質」にも通じるものがある。新島にとって、学生は「同志」そのものであり、一人ひとりの個性と人格を尊重する同志社の教育理念は現在も変わらず、その志は私の教育方針との親和性も感じる。また、その志から学ぶべきことが多く、私としても学生たちと学内外で多くの学びを展開していきたいと考えている(写真1 2024年度学外授業での学習の様子)。それはまさしく、学生たちとの日々の「今日育」を大切にしつつ、共に「共育」し合う営みとなり、「教育」そのものが「未来への投資」になると私は信じている。

教員コラム 写真(岩田昌太郎)  (107039)
写真1  三大学(沖縄・同志社・名桜)連携合同ゼミの様子2024.9月

3.さいごに:未来への扉

 最近、読んだ本に、「人の人生は約80年で、たった4000週間しかない」(オリバー・バークマン・高橋璃子,2022)という数字的なメッセージ性に衝撃を受けた。私は、もうすでに約2500週間も費やしてきた。果たして、残された時間を、どのように教育と研究、そして社会貢献しながら未来を紡いでいくべきか・・・・

 冒頭でも述べたように、体育(教育)・スポーツ・健康がもつ価値が「個人の幸福」を使命とするならば、今、置かれた環境で精一杯尽力していくことが自他の幸福にもつながるかもしれない。そして、至上最長の幸福研究が解明してきた幸せになるための鍵が、「人間関係」=「よい人生」(ロバート・ウォールディンガーほか,2023)とするならば、今、恵まれた環境での「人間関係」を糧に、「保健体育✖️スポーツ」の研究的な発展と「良い教育」(ガート・ビースタ,2016)注4)に貢献していくべきだと思っている。ひいては、私自身が、同志社(スポ健)の学生のみなさんの将来の夢の実現やスポーツ・健康・保健体育に関連する仕事の最前線で活躍できる人材への伴走者であり続けるためにも、常に「過去と現在とを材料としながら新しい未来を発明する能力」(与謝野晶子の名言を一部使用)としての創造性を持ち続けいたい。

 それでは、本コラムを読んでくださった皆さん、最後まで読んでいただき、ありがとうございました。もし、少しでも「スポーツ(保健体育)✖️教育」に興味を持っていただけたのなら、岩田研究室の扉をノックしていただき、体育(教育)・スポーツ・健康の「未来の扉」を一緒に開けてみませんか。

<引用・参考文献>

・朝倉雅史・ 林田敏裕・柴田紘希・横山剛士・醍醐笑部・作野誠・清水紀宏(2024)「スポーツと幸福」に関する国際的な研究動向. 体育学研究, 69:329-350.

・ガート・ビースタ(著)・藤井啓之・玉木博章 (訳)(2016)よい教育とはなにか 倫理・政治・民主主義. 白澤社.

・濱本想子・大坂遊・草原 先生(2019)A. Swennen と K. Smith の教師教育者の専門性開発論. 広島大学大学院教育学研究科紀要 第二部, 68: 45-54.

・ケリー・マクゴニガル (著), 神崎 朗子 (翻訳)(2020)スタンフォード式人生を変える運動の科学. 大和書房.

・ロバート・ウォールディンガー,マーク・シュルツ<著>児島修<訳>(2023)「グッドライフ(The Good Life)幸せになるのに、遅すぎることはない」&books.

・オリバー・バークマン 著・高橋璃子 訳(2022)「限りある時間の使い方」.かんき出版・清水紀宏・朝倉雅史・坂本拓弥(2024)保健体育教師の今と未来 20講.大修館書店.

注>

1)日本体育・スポーツ・健康学会が定款3条において「体育・スポーツ・健康に関わる諸活動 を通じた個人の幸福と公平かつ公正な共生社会の実現に寄与すること」を使命としている。また、国内の学術界においても「スポーツと幸福」に関する報告や研究がしばしば蓄積されつつあるが、欧米圏の研究の蓄積に比べれば明らかに少ないようである(朝倉ほか, 2024).

2)先日(2024年9月現在)、Webニュースの中で、あるタレントが、「プールはいらないね~」と続け、さらに「僕は体育なんかいらないと思いますね。午前中に国語・算数・理科・社会やって午後は全部あと部活動。そこから先は好きなことを極めた方がいいと思う。やりたくないプールなど、やる必要はないと思う」と私見を語っていた。

3)Life and Letters of Joseph Hardy Neesima, pp.263-264.より抜粋

4)ガート・ビースタは、「良い教育」とは何かを考える際、教育の目的や本質を深く掘り下げることの大切さを説いている。また彼は、教育の本質を「資格付与」「社会化」「主観化」という3つの目的に分類しており、これらの目的がバランスよく達成される教育であり、単に知識やスキルを習得させるだけでなく、個人が社会の中で自分自身を発見し、他者と共存する力を育てるものとしている。