教員コラム(小木曽 湧)
スポーツは本当に社会を動かすのか
~社会変革のためのスポーツマネジメント~
小木曽 湧
「スポーツには人を動かす力がある」
このような言葉を耳にすることがあります。たしかに、好きなアスリートの言葉に励まされたり、応援しているチームの活動をきっかけに社会の問題を少し身近に感じたりすることはあるかもしれません。
しかし、スポーツは本当に人々の考え方や行動を変えるのでしょうか。アスリートが社会問題について発信すれば、人々の意見は変わるのでしょうか。スポーツチームが環境活動や地域貢献に取り組めば、私たちの日常の行動は変わるのでしょうか。
私が特に関心を持っている「社会変革のためのスポーツマネジメント」は、スポーツ組織の運営やビジネスだけでなく、スポーツが社会の中でどのような価値を持ち、人々の意見や行動とどのように関わるのかについて探求していく分野だと考えています。
以下では、私がこれまで取り組んできた研究をもとに、アスリートの発信とスポーツ組織の活動という二つの視点から、スポーツの社会的影響について考えてみたいと思います。
アスリートの発信は、人々の考えを変えるのか
近年、アスリートが社会的な問題について発信する場面が増えています。人種差別、ジェンダー平等、環境問題、平和、地域課題など、スポーツの枠を超えたテーマについて、アスリートが自らの考えを表明することは珍しくありません。こうした発信は、多くの人の目に触れます。アスリートは、競技での努力や挑戦を通じて、信頼や尊敬を集める存在でもあります。そのため、社会問題について発言したときにも、「この選手が言うなら少し考えてみよう」と受け止められる可能性があります。
ただし、その影響は自動的に生まれるものではないのかもしれません。これまでに取り組んできた研究1)では、アスリートの社会的発信が人々にどのような影響を与えるのかを、調査実験という手法を用いて検証しています。調査実験とは、参加者をいくつかのグループに分け、あるグループにはアスリートのメッセージを提示し、別のグループには異なる情報を提示することで、その違いが人々の考え方にどう影響するのかを調べる方法です。たとえば、アスリートによる人種差別への反対メッセージを見た人々が、その問題についてどのように考えるのかを分析しました。
そこから見えてきたのは、アスリートの発信が、人々に社会問題について考えるきっかけを与えうるということです。アスリートの発信を知ることで、その問題に少し関心を持ったり、さらに情報を知りたいと感じたりする可能性が示されました。
ただし重要なのは、その効果が決して大きなものではないということです。アスリートの発信によって意見が変化する可能性はありますが、それだけで人々の考え方が大きく変わったり、社会問題への態度が一気に転換したりするわけではありません。
この点は、アスリートの社会的影響を考えるうえで重要です。アスリートには、人々の意見を動かす力があるかもしれません。しかし、その力は万能ではなく、影響の程度にも限界があります。だからこそ、「有名な選手が発信すれば社会が変わる」と単純に考えるのではなく、どのような反応が、どの程度生じているのかを丁寧に検討することが求められているのだと理解できます。
スポーツ組織の社会的な活動は、ファンの行動を変えるのか
社会に向けて発信するのは、アスリート個人だけではありません。スポーツチームやクラブ、リーグ、競技団体も、環境保全、地域貢献、健康づくり、子どもの教育など、さまざまな社会的活動に取り組んでいます。たとえば、試合会場でリサイクルを呼びかけたり、地域の人々に向けた健康イベントを開いたり、企業や自治体と連携して社会課題に取り組んだりする活動があります。こうした取り組みは、「スポーツを通じて、社会課題に関心を持ってもらう」ことを目指して行われます。しかし、ここでも大切なのは、本当に人々の行動が変わるのかという点です。
私たちの研究グループでは、スポーツチームの環境配慮キャンペーンが観戦者の行動変化とどのように関わるのかを研究しました2)。この研究では、キャンペーンの前後で同じ観戦者を追跡し、環境に配慮した行動がどのように変化したのかを調べました。一度だけ意識を尋ねるのではなく、時間の経過に伴う変化を見ることで、スポーツ組織の活動が人々の日常行動とどう関わるのかに迫ることを目指しました。
その結果、ファンのリサイクル行動や節電などの環境配慮行動を促すためには、発信者であるスポーツチーム側の資質が重要だということがわかってきました。具体的には、信頼できる発信者として受け止められること、その活動の理念や内容を理解され、自分ごととして受け止められることが、ファンの行動変容と関わっているようです。
これは、スポーツ組織が社会課題に関わるうえで重要な点です。活動が広報やイメージアップのためだけに見えると、かえって不信感を生むこともあります。また、別の研究では、スポーツチームと企業が連携して社会的活動を行う場合、人々がその取り組みをどのように評価するのかを検討しました3)。その結果、活動の内容がチームにふさわしいと感じられること、連携する企業との関係に納得感があること、企業と取り組み内容のつながりが理解できることが、活動への評価と関わっていることがわかりました。
つまり、スポーツ組織が社会課題に取り組むときには、「何をするか」だけでなく、「誰が、誰と、どのような姿勢で、どのように伝えるか」が問われます。チームと人々との関係性を、社会課題への関心や行動につなげていくことができれば、スポーツは単なる娯楽にとどまらず、社会について考えるきっかけを生み出す場にもなりうるのかもしれません。
スポーツの影響力を、確かめながら考える
スポーツやアスリートには、人々の意見や行動に影響を与える可能性があります。しかし、その可能性はいつも実現するわけではありません。アスリートが発信すれば必ず人々の考えが変わるわけではなく、スポーツ組織が社会的活動を行えば必ず行動変容が起こるわけでもありません。
だからこそ、「スポーツには社会を変える力がある」と言い切るだけでは不十分です。重要なのは、その力が本当にあるのかを問い、あるとすればどのような条件で生まれるのかを確かめることです。誰が発信するのか。どの社会課題に取り組むのか。誰と連携するのか。どのような人に、どのような形で届くのか。こうした問いに向き合うことが、社会変革のためのスポーツマネジメントに求められます。
もちろん、スポーツだけで複雑な社会問題が解決するわけではありません。アスリートの言葉やスポーツ組織の活動が、社会を一気に変えるわけでもありません。しかし、スポーツは多くの人に届く接点を持っています。普段は社会課題にあまり関心を持たない人が、アスリートやチームを通じて、その問題に目を向けることもあります。
スポーツは本当に人々を動かすのか。動かすとすれば、それはどのくらい、そしてどのような条件のもとで起こるのか。そして、その影響力を社会にとって望ましい方向に活かすには、どのようなマネジメントが必要なのか。こうした問いを考えることが、私にとってのスポーツマネジメント研究の面白さです。
1) Ogiso, W., Funahashi, H., & Mano, Y. (2025). The persuasive impact of athlete racial advocacy on individuals’ cognitive responses: evidence from survey experiments in Japan. European Sport Management Quarterly, 25(3), 362–386.
2) Yamashita, R., & Ogiso, W. (2026). Sport Teams’ Environmental Campaign and Spectators’ Behavioral Change: A Latent Change Score Modeling Approach. Journal of Global Sport Management, Advance Online Publication. https://doi.org/10.1080/24704067.2025.2611753
3) Ogiso, W., & Yamashita, R. (2026). What to address and with whom to partner: examining the interactive effects of perceived fit in team – corporate social partnerships. European Sport Management Quarterly, 26(3), 393–414. https://doi.org/10.1080/16184742.2025.2558653